
埼玉県内には、江戸時代以前建立された三重塔が三基ある。
いずれも、埼玉県の有形文化財に指定されている。
□安楽(あんらく)寺 三重塔 <比企郡吉見町御所>


組物が柱の上だけでなく、柱間にも設けられるものもあり、前者を和様、後者を唐様と、異なる この三重塔は、昭和28年の県指定有形文化財第1号である。 吉見観音で知られる関東三十三所の十一番札所であり、時おり般若心経が響く本堂の右手にある。
現在は銅板葺きであるが当初は木の薄板を幾重にも重ねて造る柿葺き(こけらぶき)であった。
柱のうえには、組物という、腕が伸び手で支える、さらに、また腕が伸び手で支えるというような
造り(二手先、三手先と称される)によって、深く、重い軒を支えることが可能となった。
様式とされている。
□西福(さいふく)寺 三重塔 <川口市西立野>
江戸初期(1693年頃)建立 高さ約23m



「一層の蟇股(かえるまた)には方位にあわせた十二支の彫刻がある。」蛙が足を踏ん張っているような形
から、そのように呼ばれている。蟇股は構造体としての役割を果したが、鎌倉時代後半からこのような彫り
ものにし、意匠材として、設けられるようになった。
アップの写真は来年の十二支の「寅」である。蟇股に同様な十二支の彫刻は日光東照宮の五重塔にもあり、
そこには参道右手の正面に、東の方位を示す「卯」の彫り物がある。
□成就(じょうじゅ)院 三重塔 <行田市長野>
江戸中期(1729年頃)建立 高さ約11m


「さきたま古墳公園」と「古代蓮の里」の間の中ほどに位置する。
寺の説明書きでには忍城主の帰依仏の伝承、地方大工が手掛け、享保時代の強い観音信仰を背景に建立さ
れたとある。
小田原の北条一派に属する忍城が石田三成の攻勢に抗い、最後まで陥落しなかったことに対する地域民衆
の矜持の思いが、小振りで質素な造りの中に感じさせられる。
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