昔のことはよく覚えています 姉﨑吉夫
「健友」が昭和56年に発足してから今年で40年。(健友の前身として
「板橋区役所旧友会」という集まりがあったようです。
昭和56年の出来事を調べてみると、56豪雪、神戸ポートピア´81開幕、
ローマ法王やマザー・テレサが初来日、福井謙一がノーベル化学賞受賞、
「なめ猫」がブームといった年でした。ベストセラーは「窓際のトットちゃん」、
レコード大賞は「ルビーの指輪」。
私は、昭和43年に板橋区役所に入りました。魚屋さんの2階で歓迎会を開
いて頂きましたが、超特大なエビフライにビックリ。隣に座った同期と『これ本
当にエビか?尻尾は確かにエビだけど!』と言ったのを思い出します。
当時の庁舎は、4階と5階建ての現在と同じ二棟の配置で、庭には小さな噴
水広場。コイが泳いでいたかどうかは忘れました。
庁舎敷地の東側には道路を挟んで保健所。土曜日は半ドンで、保健所は12
時に業務終了、区役所は12時半まで。『なんでだ?』。
50年の自治法改正施行までそれが続くのですが、入った当時はその理由が分
かりませんでした。
土曜日の午後は、野球やソフトボール。試合後はギンギンに冷えたビールの
一気飲み。これが楽しみで夏でも水を飲まない先輩がいました。よく倒れなかっ
たものです。試合をしないときは、後楽園で巨人の応援、時には大山で映画。大
山には何軒もの映画館があったのです。「がんばれタブチくん」は面白かった。
大山と言えば、建て替え前の区民会館。それは優雅で洗練されたシェル構造
の建物でした。
そして、年末の職員互助会主催の志賀高原でのスキー講習会。バス二台によ
る冬の一大イベントでした。最初の頃はまだ高速道路が整備されてなく、戸田橋
を渡り、熊谷・深谷を抜け、安中精錬所の明かりを左に見て、碓氷峠でチェーンを
付け、一ノ瀬のホテルに到着するのが明け方近くになるハードスケジュールでした。
スキーと食事の後はレクリレーションタイム。アコーディオン片手(両手)のプロに
勝るとも劣らないレクリレーションリーダーによる歌声喫茶。そのリーダーは、現健
友俳句の会の先生です。
昨日のことはよく覚えていないのに、昔のことは次から次に思い出します。職員
カラオケ大会のこと、体育祭のこと、いろいろありますが別の機会とします
最後に、一日でも早いコロナの終息による健友各事業の再開で、「三密」のお付
き合いをお願いします。