「タイムマシンに乗って」  小林倫子

思いもかけず、「健友40周年記念特別号」への執筆の依頼があり、悩みに悩んだ末に承諾したことで、私は突如タイムマシンに乗って約40年前にタイムスリップをする事となった。

歴史にするには近すぎ、かといって思い出として語るには遠すぎる1980年の世界は、ホコ天では竹の子族が踊りまくり、夜の街ではディスコで若者が盛り上がっていた。

テレビドラマでは「3年B組金八先生」が高視聴率をたたき出し、流行歌では、ダンシングオールナイトの曲がヒットし、「スターウォーズ帝国の逆襲」の映画が最高の配給収入を誇りなんとも懐かしい時代がそこにあった。

おそらく現在在籍している、健友会の皆様も、その時代を謳歌しながら板橋区の職員として、区民のための区政を推進するために、懸命に生きていたことだろう。

ちょうどこの時期、日本経済には大きな動きがあり、日本の円は二倍以上に高騰し、「金あまり現象」が発生、その金が土地と株への投資に向けられたことから、「バブル経済」に発展した。結果日本は空前の好景気に沸き、地価が異常に高騰する一方、損害保険会社がゴッホの「ひまわり」を53億円で落札したなどの「景気のいい話」が話題をさらった。

竹下登内閣が「ふるさと創生事業」と称して、全国の市区町村に1億円を交付したのは、バブル期らしい動きであった。

当然我が板橋区役所も活気に溢れていた。職員の研修は様々な職種の人達が2泊3日等で交流を兼ねての研修が行われ、私達保育士も旅費をもらって全国の保育園に出かけて学ぶ研修があった。今では考えられないような贅沢な環境であったのは間違いない。

 秋には職員運動会が華々しく開催し、種目ごとの参加者には景品が配られ、家族総出で楽しめる一大イベントがあった。午後から行われる「仮装行列」は長い間、大道具のクオリティの高い土木課の独壇場だった。

そんな折、私は当時の上司である園長より、仮装行列やカラオケ大会に保育園パワーを見せてほしいと命令を受けてしまった。すぐにアイデアを職員に話すと、当時の保育士は凄かった。それぞれが持っている引き出しから、得意な技術で衣装や小物、大道具までもみんなで力を合わせて作っていった。

「花魁道中」・「キョンシー」・「不思議の国のアリス」等を見てくれる人たちに、どう楽しんでもらえるのかを綿密に考え、何か月もかかって練習を重ねて臨み、最後の職員運動会で、とうとう土木の壁を打破することが出来たのは、忘れられない思い出である。

また、もう一つの大きなイベントの「カラオケ大会」でも同じようにてっぺんを目指した結果、なんと優勝を果たし3年間ゲストで舞台に立った。

そんな事に浮かれて!と今なら大炎上になってしまうが、こういった行事によって、職種や職場が違っても職員同士がもっと身近な存在であったし、人と人の絆がそこには確かに今よりも存在していた気がするのは、40年前の世界に不時着し、柄にもなくノスタルジックな気持ちになってしまったせいだろうか。

私は再び、タイムマシンで2021年に戻った。そこには相変わらず、終わりが見えない、「コロナウイルス感染拡大」の世界が目の前に広がっていた。

今多くの人々が、終わりが見えないコロナウイルスとの共存に、疲れとあきらめが入り混る中で生きている。今後この世界は、次々に襲ってくる得体の知れない感染症との闘いが続く事だろう。それは、ますます人と人を遠ざけ、当たり前のように個人主義が横行していくのではと、時々不安で胸が苦しくなる事がある。

いやいや、心配無用だった。40年前に意気盛んだった健友の永遠の青年と乙女達!

会報に目をやると、様々なサークルや部活動を精力的に行って、第二の青春を大いに楽しむ姿はなんと若々しい事か!かく言う私は、若くなりたい、あの頃に戻りたいとは思わない。決して負け惜しみではなく、今が一番幸せである。

昔を懐かしむなんてナンセンス。仲間と共に今を楽しく生きる。

昭和という時代を生き抜いてきた、誇りと自信を胸に前向きに突き進んでいく「健友」の仲間たちよ、永遠であれ!

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