半ドン・休日の思い出 田中聰行
区長公選・保健所の区移管という都区制度改革の節目の年、昭和50年4月に区に転入、以来平成10年3月の退職まで23年の長さにわたり板橋区にお世話になった。
在職中の後半は4週5休・隔週5日・完全週休5日制と時短により休日増の恩恵に浴したが、前半は週末の土曜は半ドン、午後の時間をいかに過ごすかという楽しみがあった。
ときには土曜日の午後、小豆沢・徳丸・東板橋公園などで職場間での野球に汗を流し終了後の打上げで親睦を深めた。
また当時は職場旅行の最盛期で、週末の土曜の午後から日曜にかけての一泊旅行が定番であった。シーズンになると土曜日の昼頃の役所周辺の路上には、団体旅行の大型バスが、待機していた。
私も職場関係の様々な旅行に参加したが、交通の便のよい温泉地の箱根湯本には2週連続で宿泊するというようなこともあった。
個人的には40代の後半の一時期、住民対応等のストレスで心身ともに疲幣をきたし、気分転換の必要性を痛感していた時期があった。
そのときリフレッシュ策として山登りを思いつき、手始めに都県境にある奥武蔵の棒ノ折山(969m)に登る。
山頂で休息し秩父の山々を一望していると、人間社会の軋轢などとるにたらない瑣事に思われ、以後気晴らしのため山行を続けることにした。
当時は西武池袋線の沿線に住んでいたので、奥武蔵から比企、奥多摩から中央沿線の山、丹沢から八ヶ岳へと行動半径を広げた。続いて夏季休暇には北アルプスから南アルプス・中央アルプスへと延ばす。この時期、役所へ出勤すると職場の人から山焼けの顔を奇異の目で見られた。
さらに山行を継続し、北海道・九州の山々に挑戦。退職後も健康の維持増進と生活に変化と潤いをもたらすことを目的に、山歩きを生涯の趣味として継続してきた。